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大阪地方裁判所 平成3年(ワ)6712号 判決

原告

東野みき

被告

大谷良幸

主文

一  被告は、原告に対し、金一四万一二九二円及びこれに対する平成二年六月三日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告のその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用は原告の負担とする。

四  この判決は、第一項に限り、仮に執行することができる。

事実及び理由

第一請求

被告は、原告に対し、金七五八万四三〇四円及びこれに対する平成二年六月三日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

第二事案の概要

本件は、自動車と接触事故を起こして負傷した自転車の運転者が、自賠法三条によつて損害賠償を請求した事件である。

一  争いのない事実

1  平成二年六月三日午後九時三五分ころ、大阪市北区天満橋一丁目五番九号所在の、信号機によつて交通整理の行われている交差点において、原告の乗車していた自転車(原告自転車)が横断歩道を東から西に横断中、南から北に進行した被告が運転し、かつ自ら所有し事故のために運行の用に供していた普通貨物自動車(なにわ四四ふ四六八一)(被告車両)と衝突した(本件事故)。

2  原告の損害の既払い金は、一三万五九七〇円であつて、その詳細は以下のとおりである。

(一) 自賠責仮渡金 五万〇〇〇〇円

(二) 治療費 七万五八四〇円

(三) 文書料 二〇六〇円

(四) 交通費 二四六〇円

(五) 装具代 五六一〇円

二  争点

1  原告の相当治療期間並びに本件事故による休業期間

(一) 原告の主張

原告は、本件事故によつて、全身打撲、頸部捻挫、腰部捻挫、鼻骨骨折、顔面打撲の傷害を受け、その治療のため平成三年四月三日まで通院を要し、その間、休業を要した。

(二) 被告の主張

原告の通院経過等からすると、相当治療期間は長くとも二か月程度である。原告は、本件事故当時、心不全、自律神経失調症、不眠症、アルコール依存症等で治療中であつて、生活保護を受けていたものであるから、長期間安定して働くことはできず、休業損害の請求は不当である。

2  損害一般

3  免責ないし過失相殺

(一) 被告の主張

本件事故時には、被告車両進行方向の信号が青で、原告自転車進行方向の信号が赤であつたから、本件事故は原告の赤信号無視が原因であつて、被告は免責されるべきであり、そうでないとしても、その責任は大幅に過失相殺されるべきである。

(二) 原告の主張

本件事故時には、原告自転車進行方向の信号が青であつて、被告車両進行方向の信号が赤であつたから、免責ないし過失相殺はされるべきでない。

第三争点に対する判断

一  相当治療期間及び相当休業期間

1  原告の受傷及び治療経過

(一) 原告は、本件事故によつて一瞬気を失い、救急車で行岡病院へ運ばれ、頭部外傷Ⅱ型、頸椎捻挫、腰椎捻挫、腰部打撲、右下腿部打撲、顔面打撲、左手背打撲の診察を受け、平成二年六月四日にも治療を受け、通院加療、休業ともに一四日間を要す傷害と診断された(乙二、三、同九の一ないし四、原告本人尋問の結果、特に、通院加療、休業期間については、乙九の二の二枚目)。

(二) 原告は、同日以降、既往症で治療を受けていた清永医院において、並行して、全身打撲等についての治療を受け、平成二年六月二一日には、頸部、頭部及び腰部の疼痛が認められ、時々頭痛、おう吐もあり、安静加療中という診断を受けた。しかし、原告の事故の前後で通院の頻度に顕著な差はなく、そこでの治療は、既往症も含め、投薬、点滴程度であつた。原告は、平成三年四月一日担当医の死亡するまで、通院を継続した(甲三、九、一〇、乙一〇の一、二、原告本人尋問の結果)。

(三) 原告は、平成二年六月八日に住友病院の形成外科、整形外科を受診し、おう吐、右手痺れ感、前後屈での頸部痛を訴え、頸部、腰部については他覚症状はなかつたが、レントゲンによつて鼻骨骨折が認められ、頸椎及び腰部捻挫、右上下肢打撲、鼻骨骨折、顔面打撲との診断を受け、約一か月の安静加療及び休業を要する旨の診断がなされた。原告は、その後は、同月二二日形成外科に、鼻骨骨折について通院したのみであつた(甲四、五、一一、同二二の一ないし六、乙一二及び一三の各一ないし五、原告本人尋問の結果)。

(四) 原告は、平成二年六月一二日に、北野病院の整形外科を受診し、左膝、右半身、左上腕、背部全体の痛みを訴え、特に他覚的症状はなかつたが、全身打撲の診断及び安静の指示を受け、翌三年四月三日までの間六日間通院し、同日症状固定の判断を受けた。また、同病院の脳神経外科で、頭部外傷Ⅱ型、外傷性頸部症候群の診断を受け、平成二年九月五日から翌三年四月二日までの間四日間通院したが、後頭部ないし頸部の鈍痛を訴えるものの、他覚所見はなく、こちらでも安静の指示を受けるのみであつた。原告は、以前から遠視を理由に通院していた同病院眼科に通院し、平成二年六月一二日一過性視力低下の診断を受けたものの、その次に通院した同年九月四日には回復していたのに、翌三年三月二七日までの間一〇日間通院した(甲六ないし八、一二ないし一四、乙一四の一ないし七、原告本人尋問の結果)。

2  事故前後の原告の状況

(一) 原告は、昭和五二年頃からホステスとして稼働していたが、同六二、三年頃、肝臓ないし腸の疾患によつて東朋病院に入退院を繰り返した。原告は、その頃から継続的な就労はできず、一時的にアルバイトをする程度で、「クラブ楽」を止めた平成元年八月頃から、まつたく就労せず、生活保護を受給するようになつた(原告本人尋問の結果、弁論の全趣旨)。

(二) 原告は、平成元年七月七日から腎不全、自律神経失調症、不眠症、アルコール依存症等の既往症について、清永医院に通院し治療を受けており、肝臓に関しては、経過観察を受けていた(乙一〇の一、二、原告本人尋問の結果)。

(三) また、原告は、平成一、二年頃、切迫流産で、北野病院産科で治療を受けていた(原告本人尋問の結果)。

(四) 原告は、本件事故の一月前である平成二年五月ころから、「パレ柴田」でホステスとして稼働した(甲一五の一、二、甲一六、原告本人尋問の結果)。

(五) 原告は、本件事故後何度か就労したが、おう吐等が原因で、いずれも短期間で解雇され、平成四年八月以降は就労していない(原告本人尋問の結果)。

3  当裁判所の判断

事故直後の行岡病院での診断、その後の住友病院での診断の他、本件事故の態様、各病院での診断及びその後の治療経過を総合すると、原告は、本件事故によつて、頭部外傷Ⅱ型、頸椎捻挫、腰椎捻挫、腰部打撲、右下腿部打撲、顔面打撲、左手背打撲、鼻骨骨折の傷害を受けたと認めることができる。

そして、当初の打撲痕及び擦過痕並びに鼻骨骨折以外についてはどの病院においても特に他覚症状は認められていないこと、当初の行岡病院では、鼻骨骨折を除いた傷害の通院加療一四日程度の外傷とされたこと、住友病院では、鼻骨骨折も含めた傷害について、通院加療、休業ともに一か月程度と判断され、治療としては外用薬が処方された程度で、通院頻度も少ないこと、北野病院では、平成三年四月三日時点で症状固定見込の旨の診断がされたものではあるが、通院回数も少なく、他覚所見も認められず、安静を指示されたのみで特に治療も受けなかつたものであるから、症状固定時期の判断が原告の主訴によるものと推測されること、清永医院には、長期に渡り頻繁に通院していたが、既往症についても同様な治療を受けていたと認められ、証拠上、明らかに本件傷害についての治療を施していたと認められるのは平成二年六月二一日までにすぎず、それらに対する治療も投薬程度であること、原告は事故後長期に渡り休業していたが、事故前一か月前以前も長期に渡り休業していたものであるから事故後の休業がすべて本件事故による休業と断ずることができないこと等を総合すると、原告の本件事故と因果関係のある傷害の相当治療期間は二か月間、相当休業期間は一か月間であると認めるのが相当である。

二  損害額 一〇二万九〇五〇円(原告主張額七五九万四四三四円)

1  治療費及び文書料 一〇万八三〇〇円(原告主張額同額)

甲五、一一、同二二の二ないし六、乙三によると、これを認めることができる。

2  通院交通費 五〇七〇円(原告主張額五七二〇円)

甲一七の一ないし四及び弁論の全趣旨を総合すると、二六一〇円について認めることができ、他に、前記の既払い分があるので、計五〇七〇円となる。

3  文書料 二万四一八〇円(原告主張額同額)

甲一八の一ないし三、甲二一によると二万二一二〇円分を認めることができ、他に、前記の既払い分があるので、計二万四一八〇円となる。

4  休業損害 五九万一五〇〇円(原告主張額五八〇万六〇二四円、一日当たり一万九〇八一円の割合で三〇四日分)

事故前の原告の一か月の収入は五九万一五〇〇円であると認められ(甲一五の一、二、同一六、原告本人尋問の結果)、前記認定のとおり、原告の休業期間は一か月と解されるところ、この程度の期間であれば、事故前一か月しか就労せず、それ以前は無職状態であつた原告においても、事故前一か月と同様に就労し、同額の収入を得る蓋然性はあるといえるので、本件事故による休業損害としては右記のとおりとするのが相当である。

5  慰謝料 三〇万円(請求額九五万円)

前記認定の本件事故の態様、本件事故後の治療経過等に照らすと、原告の精神的損害を慰謝するには、三〇万円をもつて相当と認める。

二  免責ないし過失相殺 七五パーセント

被告は、別紙図面記載の交差点を北に進行していたところ、〈1〉、〈2〉及び〈3〉の地点で甲の信号が青であることを確認し、〈3〉の地点で交差点の北側横断歩道を東から西へ横断する川上運転の自転車を現認したが、衝突の危険はなかつたので、そのまま進行した。原告は、川上が右横断歩道の中央付近を走行していた際に、進行方向の歩行者用信号が赤を表示していたのに、川上に遅れてはならないと思い、左右をまつたく確認せず、全速力で運転して横断した。被告は、〈4〉の地点を走行中、右記交差点を同方向に横断する原告自転車を〈ア〉の地点に認め、危険を感じたので急制動をしたが及ばず、〈×〉の地点で衝突し、〈6〉で停車した(甲二、一九、二〇、乙一、七、八、原告及び被告各本人尋問の結果、弁論の全趣旨)。

なお、甲二における原告供述部分、甲一九及び原告本人尋問の結果には、原告は、原告進行方向の信号が赤から青に変わるのを待つて横断した旨の部分があり、これによると、原告の供述は一貫しているものの、被告についても、前記各乙号証及び被告本人尋問の結果によると同様に自らの進行方向側の信号が青であつたことは一貫しており、そのことと第三者である目撃者岡崎の実況見分調書での指示説明、弁論の全趣旨に照らすと、右各証拠の該当部分を信用することはできない。

右認定によると、被告は、青信号に従つて進行していたものではあるが、交差点においては、信号に従わないで横断する歩行者ないし自転車もありうべきことを予想して、左右を確認して走行する義務があるところ、本件では、それを尽くしたないし尽くしても事故を回避できなかつたとは認められないから、免責とはならない。ただ、本件事故の主たる原因は、赤信号を無視ないし不注視して進行した原告にあると認められるので、相応な過失相殺がされるべきところ、原告が自動車に比べて危険度の低い自転車に乗車していたこと、被告は、原告の前方に赤信号に反して走行していた自転車を見付けていたものであるから、後続車両のありうべきこともある程度予想すべきこと、被告は、横断歩道付近で特に左右の横断者のないことを確認したとは認められないこと、一方、原告も横断時に、左右をまつたく確認せず全速力で走行していること等の諸般の事情を考慮すると、本件においては、七五パーセントの過失相殺をするのが相当である。

したがつて、原告の過失相殺後の損害額は、二五万七二六二円となる。

三  填補

前記のように、原告の損害の既払い金は、一三万五九七〇円であるから、その分を差し引くと、原告の損害は、一二万一二九二円となる。

四  弁護士費用 二万円(原告主張七〇万円)

本件訴訟の内容、認容額その他本件についての一切の事情を考慮すると、本件事故と因果関係のある弁護士費用としては二万円が相当である。

五  結語

よつて、原告の請求は、被告に対し、一四万一二九二円及びこれに対する平成二年六月三日から支払済みまで年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める限度で理由がある。

(裁判官 水野有子)

別紙 〈省略〉

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